「次世代の社会変革者を、今治から」というビジョンを掲げ、県内外から熱意ある若者が集い、今治という地方都市の課題や未来と向き合うプログラム「Bari Challenge University (以下、BCU)」。
わずか5日間の滞在期間中、全国から集まった参加者は街へ飛び出し、手探りで市民に話を聞き、壁にぶつかりながら最終発表へと挑みます。その泥臭い姿は、それを受け止める今治の市民の目にどう映っていたのでしょうか。
今回、それぞれの立場からBCUに関わり、現場の熱量を目撃した3人の今治の人々に話を聴きました。そこから見えてきたのは、若者と地域が交差するリアルなドラマと、10年目を迎えたプログラムの現在地でした。
今回お話をうかがったメンバー

丹後佳代さん
長年、経営者として人に向き合い、教育や起業家精神(アントレプレナーシップ)に深い関心を持つ今治市民。今回は自ら手を挙げ、裏方として参加者の伴走・壁打ち役を務めた。

越智肇さん
今治市大西町九王地区の自治会長。地域防災への取り組みや、外国人住民との交流イベント「サッカーでお結び会」などを主宰。参加者たちの突然の飛び込みヒアリングを正面から受け止めた。

重松辰弥さん
今治市役所 市民が真ん中課の職員。10年前のBCU立ち上げ当初から、プログラムの変遷と街の変化を見守り続けている。
「本気で悩む姿から、私自身が試されていた」

「実は今教育にとても興味があり、自分の意思で『関わりたい!』って事務局にメールを送って飛び込みました」
そう笑いながら明かしてくれた丹後佳代さん。元教師であり、経営者として組織を育ててきた彼女がBCUに惹かれたのは、単なる「若者のビジネスコンテスト」という枠組みを超えた、人間的な成長のドラマがあると感じたからでした。
「私の中でアントレプレナーシップ(起業家精神)って、単に飛び出していって起業する強さだけじゃないんです。『誰もが自分の意思を持ち、勇気を持って周りと輪を作れる力』のこと。それを探究したくて現場に入りました」
佳代さんの役回りは、壁にぶつかり、混迷するチームの「伴走・壁打ち役」。現場で目にしたのは、自由すぎる環境に放り出され、悶々と悩み抜く若者たちの姿でした。
「彼ら、本当にすんごく悩むし、停滞するんですよ。『どこへ行ってもいいよ』『誰に話を聞いてもいいよ』と言われるからこそ、逆にどう動いていいか分からなくてフリーズしてしまう。でも、それって本気だからこそなんですよね。
最終的に優秀賞を獲ったチームも、最初は手探りでした。でも彼らが市民に真剣にインタビューする姿を見て、私自身ハッとさせられたんです。例えば、(今治市の)大西町には外国籍の方がたくさん暮らしている。私自身『今治が好きだ』と言いながら、実は日常の中で彼らに対して無関心だったんじゃないか、って。
若者たちの真っ直ぐな問いかけが、今治に住む私自身の固定観念や無関心を揺さぶってくれた。決まった答えを教えるのではなく、ただ彼らのジタバタする姿に寄り添い、一緒に奇跡のような、まるで開眼するかのような一瞬を目の当たりにできた。私の方が学ばせてもらうことばかりでした」
「受け取る側のスキルアップ。外に出て羽ばたいてくれればそれでいい」

一方、そんな学生たちの「突然の突撃取材」を地域側で受け止めることになったのが、大西地区の自治会長である越智肇さんです。
「急に連絡が来て、集会所を貸してほしいとか、話を聞かせてほしいとか言われてね。まあ、断る理由もないから受け入れたんだけど」
地域のリアルな課題と何年も向き合ってきた越智さんの口からは、忖度のない本音がこぼれます。
「正直に言えばね、わずか5日間街に来てヒアリングしたくらいじゃ、長年地域が抱えてる本当の課題なんて見えないし、出されたプレゼンをそのまま地域で実行するなんてことは、まず無理ですよ。プレゼンの場に残るような綺麗なアイデアなんて、現場からすれば『で、誰が行動に移すの?』で終わってしまう。
でもね、それでいいんですよ。これは地域の課題を解決するためのイベントじゃなくて、『若者の人材育成の場=ユニバーシティ』なんだから。彼らがここで悩み、プレゼンのスキルを磨き、ここで得た経験を持って日本全国や世界へ飛び出して活躍してくれれば、それで十分。今治のためになることを何かを残してほしいなんて、こちらが求めるもんじゃないです」
ただ、越智さんは「一方通行の取材」から脱却した、これからの関係性のヒントも示してくれました。
「地方の自治会なんて、集まれば年寄りばかりでしょ(笑)。そこに全国から集まったいろんな背景を持つ若者の生の声が入ってくるのは、地元にとってもすごく良い刺激になる。だからこそ、一方的に学生が情報を吸い上げる取材じゃなくて、もっと『お互いにフラットに話し合える場』になればいいなと思う。
彼らの若い視点や知識を地元がもらい、地元は彼らに現場を教える。そうやってお互いに刺激を受け合えれば、受け止めた地域側にも新しい風が吹いていくはずだからね」
「10年続いてきた名物。外の視点が市民のスイッチを入れる」

BCUが立ち上がった2016年。当時から裏方として力を貸し、行政の立場で見守り続けてきたのが市役所の重松辰弥さんです。
「僕にとっては、もう『夏の風物詩』みたいな存在ですね。あぁ、今年もこの季節が来たか、って」
10年前と比べ、今治という街自体の空気感も変わってきたと重松さんは語ります。
「10年前と比べて、今治の街自体に『自分たちの手でなんとかしよう』と自発的に動くプレイヤーが増えてきた実感があります。中心市街地の再編や商店街の夜市など、民間や市民が主体となって巻き起こすうねりが大きくなっている。
その中でBCUは、外のフレッシュな視点を街に持ち込んでくれる貴重な機会です。彼らが提案したプランがそのまま行政事業になることは稀かもしれませんが、若者が街に入り込んで『これってどう思ってるんですか?』と探りを入れていく。その問いかけ自体が、聞かれた市民側の『あ、自分たちも何か行動しないといけないのかな』という当事者意識のスイッチを入れる、小さくても一つのきっかけになっているかもしれないですよね」
さらに重松さんは、このプログラムが持つ「時間軸の長さ」にも期待を寄せています。
「5日間、缶詰めで今治の街と向き合った記憶って、参加した若者にとっても一生モノの青春の思い出になると思うんです。将来、ふとした時に『久しぶりに今治に行ってみようか』『ホーム戦を観に行こうか』と帰ってきてくれるような、そんな“アナザースカイ”のような場所になってくれたら。それだけでも、この街にとってBCUが存在し続ける価値は十分にありますよね」
「完成された正解」ではなく、関わりこそが価値
3人の言葉を辿っていくと、ひとつの共通した眼差しに突き当たります。
それは「5日間のプログラムの中で、劇的な正解や完璧な解決策が出ることを誰も期待していない」ということでした。
完璧なビジネスプランを評価することよりも大切なのは、若者が泥臭く悩み抜くプロセスそのもの。そして、その情熱に触れることで、迎える今治の大人たちの胸の中に「自分たちの街をどうしていくか」という意識が生まれることこそ、地域にとっては意味があるのかもしれません。
外から来た若者と、それを受け止める今治の街。お互いが意思をぶつけ合い、変わり続けるための接点として、「BCU」はこれからも変わり続けていきます。

FC今治コミュニティ 編集部
小林友紀(合同会社企画百貨)