サッカースタジアムを、試合日だけの舞台ではなく、人々が集い、交流する「にぎわいの拠点」にできるだろうか。 FC今治が挑むのは、サッカーの枠を超え、人と人が助け合う共助のコミュニティづくりです。
その象徴的な取り組みの一つが、2022年、岡田武史会長の一言から始まった「ワイン造り」。一時は雑草に覆われ、250本あった苗木がわずか40本にまで減るという挫折も経験しました。それでも諦めず、ボランティアメンバーと共に汗を流し、2026年2月、ついに初収穫のワイン「Bari Blue(バリ・ブルー)」が完成しました。

サッカースタジアムの片隅でワインを造る。そんな一見無謀にも思える挑戦から生まれた「スタジアムの新しい価値」とは何か。地域とともに育み、支え合いながら歩んだ3年越しのワイン造りを振り返ります。
■ 始まりは、トスカーナの風景から
「あっちの土手を見た時、ふと思ったんだ。イタリアのトスカーナみたいに、斜面にブドウの木を並べられないかなって」
2022年、岡田武史会長のふとした一言から、このプロジェクトは動き出しました。
「日本のブドウ畑は平地に作るのが一般的だけど、向こう(イタリア)のワイナリーみたいに、丘陵地帯にさーっと苗木が並んでいる風景が作れないかなと」
そんな岡田会長のロマンあふれる“無理難題”を引き受けたのが、スタッフの黒川浩太郎さんでした。元農水省職員という異色のキャリアを持ちながらも、「専門は法律で、農業の知識は皆無」。しかし、彼には知識を補って余りある「里山スタジアム」への情熱がありました。

「当時、まだ出来上がっていなかった“新スタジアム”プロジェクトに関わるにあたって、『里山』の定義を確認しました。『里山』とは、手つかずの自然と都市の中間にあって、人が手を加えることで豊かな生態系が成立している場所。新スタジアムを単なるサッカースタジアムではなく『里山』的な場所にする上で、ぶどう畑は象徴になりうると思いました」
黒川さんは早速、オンラインショップで15本の苗木を購入し、試験的に植え付け。次の年度には試合運営ボランティア「Voyage」の方々を中心にお声がけして、約250本の苗木を本格的に植え付けました。仕事の合間を縫っては小さな草刈機を背負い、スパイク付きの長靴を履いて、照りつける太陽の下で急斜面を駆け上がる日々が始まりました。


「ブドウはある程度、やせた土地や乾燥に強いと聞いていました。でも、さすがに切土・盛土の造成地は栄養がなさすぎるし、真夏は水不足で葉が焼けてしまう」
黒川さんは4リットルの水タンクを背負い、急斜面を一歩ずつ踏みしめながら、乾いた苗木たちに水を届けました。
日当たりや土壌環境による成長のバラつき。雑草との戦い。効率化を狙って「ヤギ」を放牧し、雑草を食べてもらおうと試みたこともありましたが、思うような効果は得られず、結局は自分の手で一株ずつケアを続けるしかありませんでした。
しかしその後、黒川さんは自身のキャリアの選択として退職を決意。彼が後ろ髪を引かれる思いで今治を離れた後、残されたブドウたちは、容赦なく押し寄せる雑草の波に飲まれたのでした。
■ 放置されていた「厄介もの」を「資源」へ
1年間の空白を経て、2024年。スタジアム管理責任者として着任した遠藤さんは、現実を目の当たりにしました。

腰まで伸びた雑草。どれがブドウで、どれが草かもわからない。250本あった苗木のうち、生き残っていたのはわずか40本。しかし、その生き残った40本が「小さな奇跡」を見せてくれました。
「秋に、わずかでしたが実をつけたんです。結局、収穫前に鳥に食べられてしまったのですが、『この環境でも実がなる』という事実は、大きな希望になりました」
ちょうどその頃、クラブ内では一つの大切なテーマが深まっていました。それは、サッカーという枠を超え、地域の方々にとっての「心の拠り所」となるスタジアムをどう形にしていくか、という模索です。
改めてスタジアムという場所の可能性を見渡したとき、視界に入ってきたのがあのブドウ畑でした。
「スタジアムにブドウが育っている。他にはないこの景色を、このまま放置しておくのはあまりにももったいない。けれど、自分自身、農業知識や経験も全くない中、スタッフだけで管理し続けるには、知識やリソースにも限界がある」
そこで浮かんだのが、「最初から地域の方々を巻き込み、みんなで育てるプロセスそのものを楽しむ場所にできないか」というアイデアでした。
それは、畑を「手入れが追いつかない厄介もの」として捉えるのではなく、スタッフと地域の人々が同じ目線で繋がり、共に汗を流せる「交流の場」として捉え直す試みでもありました。そのポジティブな転換が、プロジェクトを再始動させる原動力となりました。
■ 「ヴィンヤードクルー」が変えた風景
2025年、かつて孤独だった畑に、新しい仲間が加わりました。有志のサポーターや市民からなる「ヴィンヤードクルー」です。

年齢も背景もバラバラな約25名のメンバー。「大三島みんなのワイナリー」のアドバイスをもとに毎回試行錯誤しながらの作業でした。夏の猛暑、急斜面での草取りや袋掛け。雨に降られたこともありました。でもいつしかそこには、ワイン造り以上の価値が生まれていました。
「今治が好きだから、続けられる」(内海さん)
「夏場は本当にきつかった。でも、不思議と辞めようとは思わなかったんです。理由は……やっぱり『今治が好きだから』。今はここが、大切なサークルのような場所になっています」
「15本の苗木から、リスタートを信じて」(ヒロさん)
「3年前から、本数が減っていくのを見て心配だった。だからリスタートしてくれた時は嬉しかった。毎回、次の活動日が待ち遠しくて仕方ないんです。みんな仲間。最高ですね」
「サッカーへの恩返しを」(石川さん・白石さん・遠藤さん)
「サッカーからいつも感動や勇気をもらっている。それを何か形で返したくて。ゴール裏にいるだけでは出会えないコミュニティができた。スタジアムで会った時に『こんにちは』と言い合えるのが嬉しい」
一人きりで闘っていた斜面には、いつしか温かな会話と笑い声が響くようになっていました。
■ 「バリブルー」に込めた願い
完成したワインの名前は「Bari Blue(バリ・ブルー)」。

今治の澄んだ海と空の色をイメージし、ラベルには岡田会長を彷彿とさせる横顔のシルエットが描かれました。
今回収穫したブドウから生産できたのは、100%スタジアム産が3本、「大三島みんなのワイナリー」とのブレンドが6本の、計9本。
乾杯の挨拶で岡田会長は、目を細めて語りました。
「正直、本当にできるのかなと思ってた。みんなのおかげで、ようやくここまで来られた」
グラスに注がれたワインを一口含んだメンバーからは、「美味しい」「しっかりブドウの味がする」と歓喜の声が上がりました。
初代担当者の黒川さんも東京から駆けつけ、「自分がやりかけたままで終わらせず、こうして再構築してくれた皆さんに感謝しかない」と言葉を詰まらせました。
■ 未来へ繋ぐ、一杯のワイン
ブドウの木は年を追うごとに太くなり、収穫量も増えていきます。
「来年、再来年と、この斜面をもっと豊かな風景にしたい」と遠藤さんは前を見据えます。
アシックス里山スタジアムののり面に根を張るブドウの木。それは、FC今治と地域の人々が共に汗を流し、育て上げた「絆」そのものです。
数年後、このワインがさらに深みを増し、より多くの人々の喉を潤すとき。アシックス里山スタジアムは、今よりもっと「ふるさと」に近い場所になっているはずです。


次は、あなたも一緒に土に触れてみませんか?🍇
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