ベンチづくりから見えた「成長するスタジアム」の現在地
「スタジアムをつくる」と聞くと、多くの人は完成した建物を思い浮かべるかもしれません。
しかし、ここアシックス里山スタジアムは少し違います。
2026年7月18日、スタジアムで開いたイベント「ベンチ製作ワークショップ」。約50人のファン・サポーターが集まり、里山プラザやドッグラン、そして増席工事によって誕生した新たなコンコースに設置されるベンチを、自分たちの手で組み立て、色を塗りました。

電動ドライバーを手に木材を固定する人。親子でペンキを塗る人。初対面同士でも自然と「そこ押さえてもらえますか?」「いいですね」と会話が生まれていきます。
「成長するスタジアム」という考え方
この日、参加者の輪の中で汗をかいていた一人が、スタジアム建設を担うRN建設株式会社の菱野さんです。

2019年、岡田武史会長からスタジアム建設を託されたとき、最初に掲げたテーマが「成長するスタジアム」でした。
一般的なスタジアムは、すべてを完成させてから使い始めます。しかし民設民営での建設に挑んだアシックス里山スタジアムは違いました。
「建設には莫大な費用が掛かるからこそ、最初から全部つくる必要はない。本当に必要なものから始めよう。」
そんな発想からスタートし、Jリーグの基準を一つひとつ確認しながら、本当に必要な設備だけを整備。将来の「成長」を見据えて設計を重ねていきました。
最初は5,000人規模。クラブが大きくなり、この場所に人が集まり、必要になれば座席を増やしていく。今回、いよいよ完成を迎えた増席工事も、その「成長」の途中にあります。
菱野さんは、その姿をこう表現します。
「まだ完成じゃないですよ。人間で言えば、中学生くらいでしょうか。」
まだ発展の途中。完成形が決まっていないからこそ、アシさとには人が関わる余白があり、少しずつ姿を変えていける場所でもあります。

建物をつくるだけでは、スタジアムにはならない
汗を拭きながら、作業に没頭する参加者たち。手元を覗くと、初対面同士で「そこ押さえてもらえますか?」と声を掛け合ったり、親子でペンキを塗り合ったりする姿がありました。
「こんなに暑い中で、どうして参加してくれたんですか?」
そう聞いてみると、「完成したスタジアムを見るだけじゃなく、自分も関われるのがうれしい」という声が返ってきました。
西条市から参加してくれた親子は、「椅子づくりが楽しかった。また自分がつくった椅子を、見に来たい」と話してくれました。

シーズンチケットで毎試合訪れているという地元の親子も、「自分でつくったベンチが残ることで、この場所とのつながりをより感じられるようになった」と話します。
誰かにつくられた場所を利用するだけでなく、自分も育てる側になれる。その実感が、「また来たい」「次は友達も連れて来よう」という気持ちにつながっているようです。

そんな光景を見ながら、菱野さんは少し意外な本音を明かしてくれました。
「実は、最初はベンチをみんなでつくることに少し抵抗があったんです。」
建設会社としては、「自分たちがきちんとつくって届けた方がいいのではないか」という思いもありました。費用をなんとか工面して完成品を用意することもできたかもしれない。地域の人たちに作業をお願いすることに、どこか申し訳なさも感じていたそうです。
けれど、そんな菱野さんの小さな迷いとは裏腹に、スタジアムでは「足りないものはみんなでつくろう」「やりたいことは、やれる方法を考えてみんなでやってみよう」、そうやってさまざまな挑戦が形になっていきました。
イベントが生まれ、畑ができ、ブドウが育ち、ドッグランができる。誰かが「やってみたい」と声を上げるたびに、スタッフやファン・サポーター、Voyageのメンバー、地域の人たちが力を持ち寄り、この場所は少しずつ姿を変えてきました。
そんなスタジアムのあり方を目の当たりにするうちに、「完成したものを届けること」だけが価値ではないと、菱野さんの考えも少しずつ変わっていったのだといいます。

菱野さんは、自らの仕事をこんな言葉で表現します。
「僕らは建物をつくっただけなんです。」
もちろん、その「建物」をつくること自体が、簡単なことではありません。
それでも菱野さんは、スタジアムを本当の意味で育てていくのは、そこで過ごし、挑戦し、思い出を重ねる人たちだと話します。
「この場所に命を吹き込むのは、ここを使う人たちだと思うんです。」

「サッカースタジアムの横で畑をやって、ドッグランがあって、みんなでベンチをつくる。冷静に考えたら、変な場所ですよね。そんなスタジアム、どこにもないですよ。」
そう笑う菱野さん。
「でも、こうして自分もイベントに呼んでもらって、巻き込まれている。それも楽しいなと思うんです。」
今治に関わり始めて7年。菱野さん自身、少しずつ地域の変化も感じているようです。
「『この前スタジアムでベンチをつくってきたよ』『ドッグランに行ってきたよ』。そんな会話が、井戸端会議の主役になってきているなと。最初は興味が無かったり、接点がなかった人も、少しずつ『じゃあ、今度行ってみようかな』と関わってくれる。そんな空気を感じています。」

完成しないから、おもしろい
今回完成したベンチは、これからアシさとを訪れる多くの人を迎えます。
そこに腰を掛ける人の多くは、暑い中で木材を組み立てて、ネジを締め、色を塗ったのが、地域の子どもたちやサポーターだったことを知らないかもしれません。
けれど、そのベンチを見て「あれ、自分たちでつくったんだよ」と話せる人がいる。その思い出をきっかけに、またスタジアムを訪れる人がいる。そんな小さな繋がりが、アシさとに少しずつ積み重なっています。
建物は、完成した瞬間がゴールかもしれません。
でも、人が集まり、にぎわう「場所」には、完成という終わりはありません。
新しいイベントが生まれ、誰かがまた関わり、新しい思い出が増えていく。その積み重ねが、アシさとの風景を少しずつ変えていきます。

FC今治コミュニティ 編集部
小林友紀(合同会社企画百貨)

